極北カナダ・ユーコン準州より、野生動物の撮影活動や極北での暮らしについて綴っています。
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2020年6月19日金曜日

リコーイメージング連載【極北の野生と共に】第12回(最終回)公開

リコーイメージングの連載【極北の野生と共に】第12回(最終回)Grizzly bear – 原野と写真へのいざない が公開されました。

2016年秋より約4年半にわたり連載させて頂きました。まだ伝えたいこともあったし名残惜しくもありますが、とりあえず一段落。あらたなページをめくりたいと思います。長い間ありがとうございました。

2014年11月19日水曜日

Foxfireブログ 【熊魂(ユーコン)通信】Vol.19公開

Foxfire(フォックスファイヤー)のブログにて【熊魂(ユーコン)通信】vol.19が公開されました。
今回は、この夏利用した如何にも北米らしい大型キャンピングカーを紹介しています。

2013年4月18日木曜日

スライドトークショー開催のお知らせ

来月(5月)、3年3ヶ月ぶりに日本へ一時帰国するのですが、滞在中に東京でスライドトークショーを行うことになりました。
友人である写真家の秦達夫さんとのトークセッション形式です。
秦さんとは6~7年のお付き合いになるかと思います。
今や人気作家である秦さんですが、そんな彼と一緒にイベント出来るなんて夢にも思いませんでした。
これも全て秦さん始め日本で応援して動いて下さった皆さまのおかげです。
ありがとうございます!
写真家 秦達夫 Official Site
以下詳細です。
平日ですが夜なので仕事帰りでも大丈夫です。
参加費無料ですが要予約なのでオンラインまたは電話にて予約をお願いします。

◆開催◆2013年5月28日(火)
18:30~20:00(90分間)※開場18:00
◆会場◆クラブツーリズム(新宿アイランドウィング B1F)
◆参加費◆参加無料・要予約
◆定員◆ 約50名
◆お申込み◆クラブツーリズム
TEL:03-5323-6990(コース番号IC2102-990とお伝え下さい)
クラブツーリズム申し込みページ

秦さんと花谷は二人ともアウトドアブランドFoxfire(フォックスファイヤー)のフィールドスタッフです。
こちらはFoxfireでのイベント告知です。
動物・風景写真家が世界観を語る 秦達夫×花谷タケシ 「スライド&トークショー」開催案内



皆さまのお越しをお待ちしております。

2013年4月11日木曜日

Foxfireブログ 【熊魂(ユーコン)通信】Vol.7公開

Foxfire(フォックスファイヤー)のブログにて【熊魂(ユーコン)通信】Vol.7が公開されました。
今回は南東アラスカの港町、ヘインズ【Haines】への白頭鷲撮影行のお話です。

2012年8月28日火曜日

Foxfireブログ 【熊魂(ユーコン)通信】Vol.5公開

Foxfire(フォックスファイヤー)のブログにて【熊魂(ユーコン)通信】Vol.5が公開されました。
今回はホワイトホースから近い南東アラスカの二つの港町、ヘインズ【Haines】とスキャグウェイ【Skagway】の紹介です。

2012年5月3日木曜日

Foxfireブログにて【熊魂(ユーコン)通信】連載スタート

先日、日本のアウトドア・ブランド『Foxfire/フォックスファイヤー』のフィールドスタッフになったことをお伝えしましたが、同社のブログで定期的にレポートを寄稿することになりました。
題して【熊魂(ユーコン)通信】。
こちら極北カナダの環境や生活、撮影裏話などを紹介していきたいと思っています。
一~二週間に一度寄稿していく予定ですので更新がありましたらこちらでもお知らせしていきます。

2012年3月6日火曜日

Yukon Quest 2012 ④

2012年2月16日。
朝起きて日課となったオンラインでの本多有香の位置確認をすると、無事にホワイトホースの近くまで来ていました。残りの距離と平均速度などを考慮して到着時刻を予想せねばなりません。
特にこの日は仕事があったので、休むか途中で抜けるかなど難しい判断を迫られました。
私の予想は午後3時過ぎ着。結局途中で仕事を抜けることにして出勤し、午後2時40分ごろ仕事を抜けてフィニッシュ・ラインまで車を飛ばしました。
祈る思いで車を止めフィニッシュ・ラインに走って向かう途中、前から友人が歩いてきました。
「有香さんは?!」
「5分ほど前に着いたよ。」

・・・『一生の不覚』とは正にこのこと。。。
12日間(気持ちだけですが)一緒に走り続けて、歴史的なゴールの瞬間を見逃してしまいました。
フィニッシュ・ラインの先にある撤収エリアへ向かうとそこに元気な本多有香の姿がありました。
13頭立てでスタートし、最後のチェックポイントで8頭まで減っていた犬たちは、更に1頭減って7頭になっていました。
憔悴し切ってフラフラで辿り着くんじゃないかと予想していたのですが、意外や意外。本人は至って元気でまだまだ走れそうな様子。ビール片手に終始満面の笑みを浮かべていました。

私と同じく仕事だった妻もゴールの瞬間こそ見逃したものの、フィニッシュ・ライン上の彼女をかろうじて写真に収めてくれていました。さすが相方、感謝感謝。

ゴール直後の本多有香。(妻による撮影)

初完走後満面の笑みを振りまく本多有香。

2012年2月16日 午後2時37分 -本多有香24チーム中15位にてユーコン・クエスト【Yukon Quest】初完走。

過去のレースで彼女は不運に見舞われ、つらい想いもしてきました。(それらに関しては私も過去の記録や記事で知るのみです。)そして今回のレースも決して容易なものではなかったはずです。彼女のリード・ドッグはレース前に怪我をしてしまい出場出来ませんでした。また、スタートから243マイル(約390km)地点のチェック・ポイントではチームの内の1頭が妊娠していることが判明します。(レース中にホワイトホース地元新聞の一面にカラー写真入りでトップ・ニュースとして報じられました。)先にも述べたとおり、13頭立てでスタートしたチームはゴール時には7頭にまで減っていました。しかしユーコンからの出場者としては一番にゴールした彼女は過去の経歴も手伝ってこの田舎町で一躍『時の人』となり、ゴールの様子もまた同紙の一面を飾りました。元々実直で純粋に犬ぞりに懸ける彼女の姿勢は求心力があり、彼女を知った人は彼女を応援せずにはいられなくなります。今やこの町の多くの人が彼女の存在を知り、彼女は自分の成し遂げた実績で更なるサポーターを獲得したのです。

翌日の夜、【Post Meet the Mushers】 という、マッシャーに直接会えるイベントがあったので私も顔を出しました。行った時間が遅かったので人も減っており、多くのマッシャーも引き上げてしまっていましたが、本多有香と2012年チャンプのヒュー・ネフ【Hugh Neff】はまだいました。
この時ようやくレース後まともに話せたので、「おめでとう!」とガッチリ握手しました。
応援したい気持ちは山ほどあったのに、われわれ家族も新天地での基盤作りに精一杯で結局何もしてあげられなかったと残念に思っていました。
しかし彼女は開口一番我々にお礼を言い始めたのです。
「“あれ”がなかったらフェアバンクスに行けずスタートさえ切れなかったんで・・・ありがとうございました。」
“あれ”とは、2010年の夏に彼女が困り果てているとき、我々夫婦が彼女にしてあげることの出来たたった一つのことでした。時間もお金も無かったので物理的にも金銭的にも手助けしてこれませんでしたが、そのときだけは我々にも出来ること・・・『知恵』を使ってその問題を解決してあげることが出来たのでした。レース直後の舞い上がっているときにそのときのことをちゃんと覚えていてお礼を言ってもらえたこと、彼女の成し遂げた偉業に少なからず貢献出来ていたと実感出来たことで少し目頭が熱くなりました。
“あれ”が何だったのかは彼女と我々夫婦だけの秘密です。。。

その後、人が引いていたのでヒュー・ネフ【Hugh Neff】と少し話をすることが出来ました。ユーコンやアラスカでユーコン・クエスト【Yukon Quest】に出場するマッシャーといえば一目置かれる憧れの存在で、ましてやヒューは優勝者。緊張しながら話し掛けましたが拍子抜けするほど気さくな人で、どこにでもいる近所のオッサンのようでした。『凄い』のに全く飾らない・・・庶民的なこの身近さがまた犬ぞりレースの魅力の一つかも知れません。ヒューが有香さんと話しているときにお願いしてツー・ショットを撮らせてもらい、ついでにお願いすると我々家族との記念撮影にも気軽に応じてくれました。そしてこの日から私のジャケットの背中には二人の誇らしいマッシャーのサインが輝いています。

ヒュー・ネフと本多有香。

これからは『情熱』の大切さを常に背中に感じつつ…

夢を現実にしていく様子を目の前で繰り広げてくれた本多有香。しかし私が知っているのはここ数年の彼女でしかありません。どんな経緯で今に至るのか誰しも気になるところでしょう。
大学3年生のときにオーロラを観に行ったカナダ・イエローナイフで犬ぞりと出会い、1998年に25歳で犬ぞりを習得するため単身カナダ/アラスカに乗り込むと、2006年にYukon Quest初出場を果たし、2007年、2009年に続く4度目の挑戦にして今回初めて完走を果たしました。
彼女の経歴について詳しいインタビュー記事を見付けましたので以下のサイトを是非ご覧下さい。
FAUST ADVENTURERS' GUILD - 大好きな犬たちと冒険できることは、私にとって何物にもかえがたい時間です - (2011年9月)
Earth Dreaming~ガラスの地球を救え~ - (2006年7月・8月)


大なり小なり夢は誰しも抱くもの。夢を叶える人というのは叶えられない人と何が違うのでしょう。
今回ユーコン・クエスト【Yukon Quest】という壮大な競技を通して本多有香、ヒュー・ネフ【Hugh Neff】、ランス・マッキー【Lance Mackey】という夢を叶えた人たちを見てきました。彼らに共通しているのは・・・ありきたりな表現ですが『不屈の情熱を持っている』ということでしょう。そして彼らは『情熱』というものが必ずしも「強く激しく燃える想い」だけを指すのではないのだということを教えてくれました。本人にどんなにやる気があっても、自分を取り巻く環境、生活、家族、健康問題、経済的問題、法律問題など、自分の思うようにいかない事のほうがほとんどかもしれません。そこで腐ってしまうこともあるでしょう。しかしどんなにつらい状況にあっても夢を諦めない強い意志・・・それは激しい風雨に晒されて燻ぶったとしても消えることなくまた燃え上がるしぶとい森林火災の火のような・・・そういうものかもしれません。夢を叶えられない人はどこかで限界を感じ諦めてしまいます。しかしその『限界』を決めてしまうのは本人に他ならないと思うのです。諸般の事情で当初の予定通り・計画通りにいかなかったとしても、少しやり方を変えてまた夢の実現に向かう・・・そういう粘り強さと執念とも言うべき『情熱』を持つ者だけが、最後に夢を勝ち取れるのかもしれません。

果たして夢を叶えた者は次へどこへ向かうのか。
そこで燃え尽きる人も満足してしまう人もいるのかもしれませんが、彼らは既に次へ向けて動き出しています。
また来年、今度はホワイトホースのスタート・ラインで彼らの雄姿を見る日を今から心待ちにしています。 

おわり




あとがき:
ホワイトホースへ越してきて2年、3度目にして初めてユーコン・クエスト【Yukon Quest】を最初から最後まで追いました。本多有香という人との出会いもあり、回を重ねるごとにユーコン・クエストへの興味・関心は深まっていきました。今回のクエストのあと、いろんな思いが頭を駆け巡り、ブログに綴り始めました。それは、『写真』が私にとって「撮らずにはいられない」表現の手段であるのと同じで、「書かずにはいられない」という感覚でした。それは彼らが与えてくれた『感動』を伝えたかったのもありますが、それ以上に彼らを通して感じた『情熱』の大切さを伝えたかったように思います。更にはその『情熱』、特に友である本多有香の『情熱』に少しでも力になれはしないか・・・という思いもあります。私がそうであったように、日本において犬ぞりレースはほとんど認知されていないと思います。私の書くブログなど果たして何人の人の目に触れるのかわかりませんが、それでもユーコン・クエスト【Yukon Quest】を始めとする犬ぞりレースと本多有香というマッシャーのことを一人でも多くの人に知ってもらえればと思い書きました。一見華やかな競技ですが、多額の資金を必要とするのは言うまでもありません。何が起こるかわからないのがインターネットの世界・・・。正直なところ、このレポートを読んで共感して下さった方がこれを拡散してくれることも暗に期待しています。逆に全く別のところから犬ぞりに興味を持った人が検索してここに辿り着くかもしれません。企業・個人、どなたでも本多有香に興味を持ちスポンサーを名乗り出て頂けるなら、悦んで取り次がせて頂きます。宜しくお願いします。また、本多有香のファンになったぞという方は今後も彼女の活動を一緒に応援しましょう。

2012年2月27日月曜日

Yukon Quest 2012 ③

2012年2月14日、バレンタイン・デー。
徹夜明けで早朝5時にヒュー・ネフ【Hugh Neff】の感動的なYukon Quest初勝利を見たあと、眠い眼を擦りながら3位で入ってくる選手を待ちました。

その男の名はランス・マッキー【Lance Mackey】…犬ぞり界で彼の名を知らない人はいません。

ユーコン・クエスト【Yukon Quest】と並び、世界で最も長くて過酷な犬ぞりレースにアイディタロッド【Iditarod】があります。
アラスカのアンカレッジ【Anchorage】~ノーム【Nome】間で1973年より行われているこのレースの創始者の一人であり、1978年にわずか一秒差で優勝したのがランスの父ディック・マッキー【Dick Mackey】でした。ランスの長兄リック【Rick Mackey】もまた1983年に優勝しており、ランスがマッシャーへの道を辿るのは自然な流れだったのかもしれません。父と兄の栄光を背負い、ランスもまたアイディタロッド【Iditarod】の優勝を目指しました。

2001年、そんなランスを悲劇が襲います。咽喉癌と診断され、広範な手術と放射線治療を受け、彼の夢はついえたかに思われました。ところが彼は胃に栄養チューブを刺した状態で2002年のレースに戻ってきました。この年はレース半ばで棄権することになりましたが、翌2003年に完全休養を取ったのち彼は再び犬ぞりを再開し、2005年にもう一つのビッグ・レースであるユーコン・クエスト【Yukon Quest】に出場すると、初参戦にして初優勝を飾ったのです。その後2006年、2007年、2008年と4年連続優勝し、合わせて2007年にはそれまでの常識では不可能といわれていた偉業を達成して見せます。ユーコン・クエスト【Yukon Quest】の直後、アイディタロッド【Iditarod】に再挑戦し、ついに悲願の初優勝を果たしたのです。1,000マイル級のこの二つのレースの間隔はたったの2週間。それまでは誰もがこの二つの過酷なレースの同年優勝は不可能だと考えてきたのです。彼の偉業はこれだけにとどまりませんでした。翌2008年もまた両レースに優勝して見せたのです。その後も2009年、2010年のアイディタロッド【Iditarod】を制し、ユーコン・クエスト【Yukon Quest】4年連続優勝、アイディタロッド【Iditarod】4年連続優勝、内2回は両レース同年優勝というとんでもない記録を残しました。


私が初めてユーコン・クエスト【Yukon Quest】を見た2010年、ランスは2位でしたがまだ犬ぞりレースをよく知らなかった私は優勝者ハンス・ガット【Hans Gatt】のゴール・シーンを見ただけで満足し、2位以降のゴールは見に行きませんでした。ホワイトホースがスタートだった昨年(2011年)はランスは出場しなかったので見ることが出来ませんでした。
少し犬ぞりレースのことがわかってきた今年…犬ぞり界の王者ランス・マッキー【Lance Mackey】をようやくこの目で見る機会が訪れました。
到着予想は午前10時~11時頃。10時過ぎにフィニッシュ・ライン付近へ着き、少し考えました。フィニッシュ・ラインの周りは柵に囲まれ中にはプレスしか入れません。フィニッシュの瞬間はプレスの人たちが沢山撮ることでしょう。そこで柵の途切れるフィニッシュ・ライン手前50mの辺りでトレイルのすぐ脇にしゃがみ込んで到着を待ちました。犬ぞりとはいえ超至近距離を走り過ぎるのでほんの一瞬の出来事でした。


ついに来た!ランス・マッキー!!

大きな大会とはいえ、ゴールのすぐ手前で柵も無くこんな至近距離で撮れるあたりがレースを身近に感じられていいです。良くも悪くも田舎だなあと改めて感じました。


3位でフィニッシュ・ラインに走り込む。

2012年2月14日午前10時39分。ランス・マッキー【Lance Mackey】3位にてフィニッシュ。


今年は3位だったが余裕の表情。

レース後のインタビューで彼は来年のユーコン・クエスト【Yukon Quest】参戦を表明しました。今年の彼のチームは若く、経験を積ませる年だったようで、「彼ら(犬たち)は今やベテランで、来年戻ってくるこのチームを破るのは大変だよ!」と語っています。


ブーツを脱ぎふやけた足を観客に見せておどけるランス。



王者の余裕と貫禄。



レース後のこういうシーンを見るのが凄く好きです。



言葉は要りませんね(笑)。感じて下さい。

今回一連の写真をYukon Questのfacebookページに投稿したのですが、ランスの人気は凄いと実感しました。ヒュー・ネフが私のブログなど見るわけがないし万が一見たとしても日本語が読めるわけないので書きますが、感動的な優勝を飾ったヒューよりもランスの写真の方が反響が大きかったのです。今回実際に二人を間近で見ましたが、ヒューは身近に感じたのに対し、ランスには明らかにオーラを感じました。ある人がランスの写真にたった一言書き込みました。

“a living legend.”

この一言が全てを語っていると思います。
最近知ったのですが、そんなランスは私と同じ歳でした。私ももっと熱く生きねば!


今回はランスの話に終始してしまいましたがそのころ本多有香は…ヒューたちトップがゴールしたときに休憩していたチェックポイントを午前7時に出発し、次なるチェックポイントを目指しているところでした。ゴールまでもう少しとはいうものの最後まで何が起こるかわかりません。犬ぞりレースは怪我をして走れなくなった犬たちを途中で収容ていくのですが、13頭立てでスタートした本多有香の犬たちはこの時点で5頭脱落して8頭にまで減っていました。おそらく2日後と予想されるゴールに向けて、応援するほうもラストスパートです。

つづく


2012年2月23日木曜日

Yukon Quest 2012 ②

全長1,000マイル(約1,600km)…日本人にはピンとこない距離かもしれません。例えば青森から最短距離(直線距離ではない。道路で。)で下関までが1,600km弱と言えばその長さがわかるでしょうか。その距離を2月の厳冬期に犬ぞりで競う…それがユーコン・クエスト【Yukon Quest】です。



そんな過酷なレースに挑戦し続ける日本人マッシャー『本多有香』。
2006年、2007年、2009年と既に三度出場しているのですが、まだ完走はありません。私が彼女と出会ったのは2010年3月。拠点をアラスカからユーコンへ移し、2012年の出場へ向けて基盤を作り直している頃でした。自分の夢を実現するために、悶々としながらも少しずつ前進していく彼女の強さ、逞しさに、少し似た状況にあった私は何度励まされ勇気付けられたかわかりません。

ついにやってきた彼女の晴れ舞台、Yukon Quest 2012。今年のスタートはアラスカ・フェアバンクス。スタート数日前からYukon Questのオフィシャル・サイトとfacebookページで随時更新される写真やレポートをチェックし始め、 こちらの緊張と興奮も最高潮に達した2月4日午前11時54分、本多有香がスタートを切りました。今年から全マッシャーはSPOTというGPS救難信号発信装置を携行することになりました。私も所有しているこの装置は万一の時のSOSを発信出来るだけではなく、位置測位機能を利用してオンラインの地図上に現在位置を10分置きに記録する『トラッキング機能』も備えています。そのため暇さえあれば彼女の位置をパソコンで確認するという日々が続きました。アラスカで、ユーコンで、そして日本で彼女を支え応援してきた多くの人たちが、私と同じようにパソコンにかじり付いて彼女と共に走っていたのだと思います。情報技術の進歩のおかげでチェックポイントで撮影された写真も即時にアップロードされ、まだ遥か彼方からこちらへ向かってくるマッシャーや犬たちの様子が凄く身近に感じられました。


さてレースはと言いますと、中間地点のドーソン・シティー辺りから、ヒュー・ネフ(Hugh Neff)とアレン・ムーア(Allen Moore)という二人のベテランの一騎打ちの様相を呈してきました。ヒューは有香さんの友人で、ユーコンでキャビンを建てるまでの間お世話になったこともあるという間柄。Yukon Questには今回で12回目の出場となる大ベテランです。常に上位に名を連ねるものの、不運に見舞われ未だ優勝がありません。レース終盤はこの2チームが抜きつ抜かれつを繰り返し最後まで緊張が続きました。ゴールから100マイル(約160km)の最後のチェックポイントでは、トップのアレンに対し12分差でヒューが続いていました。まだまだどうなるかわからないと思われたこの状況で、ヒューに30分のペナルティーが科されてしまいました。必要装備である斧を紛失してしまったためでした。これで42分差に開き、勝負は決まったかに思われました。2009年のレースでもヒューはミス・コースで2時間のペナルティーを科され、4分差で優勝を逃すという苦汁をなめています。
2月14日の午前0時頃から私もパソコンと睨めっこしながら徹夜でゴールを待ちました。先に述べたGPS装置が現在位置を知らせてくれるのですが、残念ながら同じタイミングでは更新されません。更新されるタイミングはそれぞれのマッシャーがスイッチを入れた時点から10分置きなので、常に時間差が生じてしまうのです。ヒューのほうがペースが速く、徐々に追いついているのはわかるのですが、ここまで接戦になるともうどちらが前なのかわかりません。午前4時頃、私もダウンタウンに設置されたフィニッシュ・ラインへと向かいました。
犬ぞりレースに熱狂的な地元の人たちですが、さすがにこんな時間なのでひと気はまばら。待つこと約1時間、ついに「ダウンタウンの外れまで来ているのでもうすぐだ」というアナウンスが流れました。全員が真っ暗闇のコースの先を固唾を呑んで見守ります。誰かが「来たぞ!」と叫び、暗闇の中を動くヘッドランプの明かりが確認できました。少しずつ近付いてくる光に拍手と歓声が次第に大きくなり、ついに誰かが叫びました。「ヒューだ!」。2月14日、バレンタイン・デーの午前5時14分。12回目の出場にして彼はついに、初めて、トップでフィニッシュ・ラインを越えたのです。大歓声も束の間、また誰かが叫びました。「アレンが来た!」。本当に一瞬の出来事でした。後から公式発表で知ったのですが、その差はたったの26秒だったそうです。ヒューの記録は9日と17時間14分49秒。1,000マイルを走りきった上での差、“26秒”は大会史上最も僅差の記録となりました。ちなみにそれまでの記録はヒューがペナルティーのために2位に甘んじた2009年の“4分差”だったそうです。

悲願の初優勝直後のヒュー・ネフ
 1,000マイル…それだけでも途方も無く長い距離なのに、初めてYukon Questに参戦したその日から、彼は12年間かけて12,000マイルもの距離をこの瞬間のために走り続けてきたのです。彼のことを直接知らない私でも胸に熱いものが込み上げてきました。

プレスに囲まれインタビューを受けるヒュー
 最後のチェックポイントで受けたペナルティーに関して、レース後のインタビューで彼はこう答えています。
「それはまるでデジャ・ヴーのようだった。。。そいつはヒュー・ネフのKarma(業)なのさ。」

『26秒差の2位』でも清々しかったアレン・ムーア

僅差で敗れたアレンでしたが彼の顔は意外なほど晴れやかでした。
「私は出来得る限りの最良のレースをした。彼の犬たちがほんの少し速かっただけ。そいつがこの差さ。。。」

マッシャーとは…なんと気持ちの良い人たちなのでしょう。互いに勝つために走りはしたけれど、お互いの健闘を心から称え合う。順位は結果に過ぎなくて、レースを楽しめたことが大切なのだと…この人たちは本当に純粋に犬ぞりが好きなのだなと感じました。

レースを終え、共に戦った犬たちと

家に帰り着き、興奮も冷めやらぬままパソコンを開いて確認すると、本多有香はゴールまで250マイル地点のチェックポイントで休息中でした。まだ2日はかかりそうですが着実に近付いて来ています。安堵したので寝たいところでしたが、3位のチームが10時~11時頃に着きそうだったのでそのまま寝ずに頑張りました。何故なら次に入ってくるその人は、既に『生きる伝説』と呼ばれる“あのマッシャー”だったからです。。。


つづく


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2012年2月20日月曜日

Yukon Quest 2012 ①

書きたいことが山ほどあるときというのはかえってなかなか筆が進まないものだったりします。頭の中を駆け巡る想いを整理するのに時間がかかるので。。。今年のYukon Questは正にそんなレースでした。

日本では馴染みがないかもしれませんが、Yukon Questとは私の住むカナダ・ユーコン準州・ホワイトホースとアラスカ・フェアバンクス間で毎年2月に行われる全長1,000マイル(1,600km)の犬ぞりレースです。私も極北に興味を持つ者として随分前からその存在は知っていましたが、野生動物の撮影に注力するあまり詳しいことはよく知りませんでした…この地に住むようになるまでは。。。

この地に越してきた2010年2月。まだ住むところも見付からず、仕事も無く、先が全く見えない不安の中で見に行ったのがYukon Questでした。このレースは毎年ホワイトホースとフェアバンクスでスタートとゴールを入れ替えながら行われます。この年はホワイトホースがゴール。そろそろトップがゴールするらしいと聞き付けてフィニッシュ・ラインへ向かいました。マッシャー(犬ぞり師)の名前すら知らない状態でしたが、トップで戻ってきたのが地元のマッシャーで4度目の優勝と知り、地元の人たちの熱狂の渦に圧倒されたのを覚えています。

2010年2月 - 初めて見たYukon Quest。優勝者ハンス・ガットのゴール・シーン

その後、生活のために始めた仕事場で知り合ったのが『本多有香』という日本人女性でした。彼女がマッシャーでYukon Questに出たことがあり、その頃は次回の出場へ向けて準備中だということも聞いていました。まだYukon Questのことをよく知らなかった私は最初、「物好きな人もいるもんだ。」「でもこの人熱いぞ。面白そう…。」と感じたことを思い出します。

日々の生活の中で毎日のように彼女と顔を合わせるようになったので、私も自然とYukon Questに関心を持つようになっていきました。さらにこの年のレースの模様がNHKによって取材されていて、後からDVDを借りて放送を見る機会もあり、なかなか見ることの出来ないレース中の様子を写真ではなく映像で見ることが出来、マッシャーの駆け引きの様子も上手く収められていたので一気に知識が深まっていきました。

そして迎えた2011年2月。この年のスタートはホワイトホース。ゴールでは各チームが数日間にわたってバラバラと到着するのに対し、 スタート時は全チームが一堂に会するので圧巻でした。
本多有香はと言いますと、本レース出場を2012年に定めており、この年は若い犬達に経験を積ませるためにジュニア・レースであるQuest 300という300マイルのレースに練習出場し、無事完走しました。

2011年2月 - Quest 300のスタートを待つ本多有香

2011年2月 - Quest 300のスタートを切る本多有香


彼女は元々アラスカ側を拠点に活動していました。しかし、アメリカ合衆国の一部であるアラスカは周知の通り永住権の取得は困難で、アラスカと日本を行ったり来たりの生活が続いていたそうです。こちらで定住できる拠点を築かなければならないという思いから、慣れ親しんだアラスカの環境を離れ、カナダ・ユーコンへ単身乗り込んで来ました。アラスカで多くの人が彼女を支えたように、ユーコンでも彼女の情熱に引き寄せられた人々が次第に集まり多くの人が彼女をサポートするようになりました。土地を借り、キャビンを建て、自らのKennel(犬舎)を作り上げました。平行してカナダ移民権も取得し、文字通り自らの『拠点』を築き上げたのです。

それまで築き上げた全てを一度手放し、ゼロからの再出発…。その状況は私の直面していた状況にも重なり、特別な共感の思いを抱いて応援していました。
同じ職場で働いたのは約一年。ほとんど時を同じくして二人ともその仕事を辞めたため、頻繁に顔を合わせる事は無くなりました。常に何かしら力になれたらと思いつつも、私自身もまだまだ不安定な状況が続いていたのでほとんど何もしてあげられませんでした。
昨夏、私がようやく機材を揃え直し撮影活動を再開したとき、それを私の妻から聞いた彼女は喜んでくれていたと聞きました。彼女も少なからず共感の思いで私を応援してくれていたのかも知れません。

そして2011年の終わり、彼女が2012年のYukon Questにエントリーしたという知らせが入りました。
ついに『時が来た』のです。。。


つづく


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2012年1月20日金曜日

ウェブマガジン【photoJ.】連載 3 (最終回)


早いものでウェブマガジン【photoJ.】の連載最終回です。3回目の今回のテーマは「人」。日本人には縁遠い極北のこの地に生きる人々を紹介。
正直なところ私は「人」の撮影が苦手で、今まであまり撮ってきませんでした。今回編集側のリクエストで「是非極北で生きる人々も紹介して欲しい」ということになり、慌ててストックを確認し、足りない分は追加撮影しました。何とか形にはなりましたが、今までにもっと撮り溜めてこなかったことを後悔しました。今回良い勉強をさせてもらったと思っています。
当初目新しかったものが、住み始めて「日常」になってくると当たり前のことのようになってきてしまいます。しかし他の地に住む人から見ればこの地は特殊で新鮮なことが沢山あるはず。気持ちを新たに日常生活の中でも感性を鋭く保ち撮っていかなければと思います。
以前に撮っていたものは単に「スナップ」であまり考えなく撮っていましたが、今回新たに撮った分は「人に観てもらう」という意識の元で撮影したので自分の中でも新たな「感覚」でした。「人の撮影も案外面白いかも…」と思えただけでも大きな収穫です。また次に発表の機会を得られたならクオリティーアップした作品をお見せしたいものです。

今回の連載にあたり協力して下さった皆様ありがとうございました。

2012年1月13日金曜日

ウェブマガジン【photoJ.】連載 2


先週から始まったiPad向けウェブマガジン【photoJ.】連載の2回目掲載分が発行されました。
今回の連載は3部構成で、先週の第1部が「風景」、今週の第2部が「野生動物」、来週の第3部が「人々」となっています。
野生動物を主要被写体にしている私にとっては、今回の分に最も力が入っているのは言うまでもありません。少しでも多くの方にご覧頂けると幸いです。

2012年1月6日金曜日

ウェブマガジン【photoJ.】にて連載スタート



毎日新聞社発行のウェブマガジン【photoJ.】にて写真と記事が掲載されました。
1月6日号より3回連載です。
Apple社iPad向けウェブマガジンのため残念ながらパソコンで見ることは出来ませんが、もしiPadをお持ちでしたら是非ご覧下さい。
http://itunes.apple.com/jp/app/photoj/id378287064?mt=8

2011年4月5日火曜日

【極北を愛する人の東日本大震災応援プロジェクト】

先日お伝えした『プロジェクト』が芽を出しました。
尊敬する極北好きの友人の一人、青崎涼子さんが蒔いた種。同じ思いを抱く写真家や冒険家たちが自分たちの種も彼女に託しました。沢山の人の『思い』が栄養となり、種はあっという間に芽を出しました。ここから先はみなさんの『思い』が肥やしです。このプロジェクトが花を咲かせ、実を結ぶと信じています。

以下、プロジェクトの趣旨、概要を転載します。


【極北を愛する人の東日本大震災応援プロジェクト】

全世界の極北ファンの人たちが、「楽しみながら」参加できる、大震災復興ファンドレイジング・プロジェクトを立ち上げました。

趣旨に賛同してくださった極北を愛する写真家、冒険家の方々が、極北の光景写真を、数多く提供してくださっています。写真は、PCの壁紙等として、自由にダウンロードできます。

ダウンロードと引き換えに、ファンドレイジングにご協力ください。

尚、金額の多寡は問いません。既に他機関への募金、ボランティア等、それぞれに活動されている方も多いかと思います。ただ、立場を越えた「極北ファン」の繋がりと温かさと力を、募金という形で表明することで、参加者全員が気持ちを共有できたら嬉しいです。

様々な垣根を越えて、極北を愛する人という立場から、震災支援の輪が広がることを祈ります。




前回の日本帰国時、家族で東北を旅行しました。レンタカーを借り、被災地となった三陸海岸も訪れていました。入り江の小さな町々は巨大な堤防によって備えられていましたが、本当に大きな津波は20mを超えると聞いたことがあったので、実際にそんな津波が来たらこんなに高く見える堤防ですら無意味なんだなと思った覚えがあります。一方で、大地震の可能性が指摘されつつもどこかで『起こらないだろう』という楽観的な考えを持っていたのも事実です。しかし天災はまさに『突然』やってきて、ついさっきまでの日常を一瞬にして奪い去ってしまいました。惨状を知るにつれ胸を痛め、何も出来ない自分に苛立ちを覚えました。一方で不謹慎ながら、幼子を持つ親としては自分たちの旅行中に起こらなくてよかったと思ってしまったのも偽らざる事実です。自分たちのせいではないにしろ、母国が苦難にさらされているのに国を離れて暮らしていることも心苦しく感じられました。
「被災者のために何かしたい」という思いは日に日に大きくなるものの、自分に何が出来るのかわからないままこちらでの日常に流され悶々とした日々を過ごしていました。
今回の企画に参加させて頂けたことは大変ありがたく、一人ひとりの力は小さくとも『共に生きること』で未来を変えていくことが出来るのだと改めて実感させて頂きました。『希望』は人々が苦難を乗り越えるために最も必要な要素であり、『思い』こそが『希望』を叶える原動力なのだと思います。
このプロジェクトを通じ、皆さんの思いを我々の思いと共に未来に届けられれば幸いです。

2011年4月2日土曜日

ウェブサイト・リニューアルのお知らせ



長年更新の滞っていたウェブサイトですが、この度完全に一新致しました。

新しいサイトの準備がほとんど整い、もうすぐ公開出来るぞというところで先の震災があったため、母国が大変なときに私事に注力しているのは如何なものかと公開を躊躇していました。


日本を離れて暮らす者として、仮に自分が日本に居たとしても大して何も出来なかったであろうことを知りつつも、母国が苦難に直面している中で自分は日本に居ないという事実を申し訳なく感じ、自分の無力さにもどかしさを抱いていました。


「こんな自分でも何か出来ることはないのか…」


こちらでの日々の生活に流されながらも、心の中はいつも悶々としていました。
そんなとき、尊敬する友人の一人からある企画を頂きました。そしてその企画は『今僕の出来ること。やるべきこと。』を示してくれました。迷いは吹っ切れました。自分が表現者である以上、表現することを止めてはいけないのだと思います。表現し続けることを通して『何か出来る』のだと思います。


参加プロジェクトに関しては近日中に追ってご報告します。


さて、今回のリニューアルでようやく英語のページを作りました。写真の更新も長らく滞っていましたが、未発表だったものを大量にアップロードしました。
まだまだ未完成なサイトなので、表示やリンクの不具合等ありましたらお知らせ頂けると幸いです。
ご意見、ご感想もお待ちしております。

【熊魂 yukon-bearspirit】