カナダ ユーコン準州(Yukon Territory, Canada)より野生動物撮影活動および極北での生活を綴っています。

2012年2月23日木曜日

Yukon Quest 2012 ②

全長1,000マイル(約1,600km)…日本人にはピンとこない距離かもしれません。例えば青森から最短距離(直線距離ではない。道路で。)で下関までが1,600km弱と言えばその長さがわかるでしょうか。その距離を2月の厳冬期に犬ぞりで競う…それがユーコン・クエスト【Yukon Quest】です。



そんな過酷なレースに挑戦し続ける日本人マッシャー『本多有香』。
2006年、2007年、2009年と既に三度出場しているのですが、まだ完走はありません。私が彼女と出会ったのは2010年3月。拠点をアラスカからユーコンへ移し、2012年の出場へ向けて基盤を作り直している頃でした。自分の夢を実現するために、悶々としながらも少しずつ前進していく彼女の強さ、逞しさに、少し似た状況にあった私は何度励まされ勇気付けられたかわかりません。

ついにやってきた彼女の晴れ舞台、Yukon Quest 2012。今年のスタートはアラスカ・フェアバンクス。スタート数日前からYukon Questのオフィシャル・サイトとfacebookページで随時更新される写真やレポートをチェックし始め、 こちらの緊張と興奮も最高潮に達した2月4日午前11時54分、本多有香がスタートを切りました。今年から全マッシャーはSPOTというGPS救難信号発信装置を携行することになりました。私も所有しているこの装置は万一の時のSOSを発信出来るだけではなく、位置測位機能を利用してオンラインの地図上に現在位置を10分置きに記録する『トラッキング機能』も備えています。そのため暇さえあれば彼女の位置をパソコンで確認するという日々が続きました。アラスカで、ユーコンで、そして日本で彼女を支え応援してきた多くの人たちが、私と同じようにパソコンにかじり付いて彼女と共に走っていたのだと思います。情報技術の進歩のおかげでチェックポイントで撮影された写真も即時にアップロードされ、まだ遥か彼方からこちらへ向かってくるマッシャーや犬たちの様子が凄く身近に感じられました。


さてレースはと言いますと、中間地点のドーソン・シティー辺りから、ヒュー・ネフ(Hugh Neff)とアレン・ムーア(Allen Moore)という二人のベテランの一騎打ちの様相を呈してきました。ヒューは有香さんの友人で、ユーコンでキャビンを建てるまでの間お世話になったこともあるという間柄。Yukon Questには今回で12回目の出場となる大ベテランです。常に上位に名を連ねるものの、不運に見舞われ未だ優勝がありません。レース終盤はこの2チームが抜きつ抜かれつを繰り返し最後まで緊張が続きました。ゴールから100マイル(約160km)の最後のチェックポイントでは、トップのアレンに対し12分差でヒューが続いていました。まだまだどうなるかわからないと思われたこの状況で、ヒューに30分のペナルティーが科されてしまいました。必要装備である斧を紛失してしまったためでした。これで42分差に開き、勝負は決まったかに思われました。2009年のレースでもヒューはミス・コースで2時間のペナルティーを科され、4分差で優勝を逃すという苦汁をなめています。
2月14日の午前0時頃から私もパソコンと睨めっこしながら徹夜でゴールを待ちました。先に述べたGPS装置が現在位置を知らせてくれるのですが、残念ながら同じタイミングでは更新されません。更新されるタイミングはそれぞれのマッシャーがスイッチを入れた時点から10分置きなので、常に時間差が生じてしまうのです。ヒューのほうがペースが速く、徐々に追いついているのはわかるのですが、ここまで接戦になるともうどちらが前なのかわかりません。午前4時頃、私もダウンタウンに設置されたフィニッシュ・ラインへと向かいました。
犬ぞりレースに熱狂的な地元の人たちですが、さすがにこんな時間なのでひと気はまばら。待つこと約1時間、ついに「ダウンタウンの外れまで来ているのでもうすぐだ」というアナウンスが流れました。全員が真っ暗闇のコースの先を固唾を呑んで見守ります。誰かが「来たぞ!」と叫び、暗闇の中を動くヘッドランプの明かりが確認できました。少しずつ近付いてくる光に拍手と歓声が次第に大きくなり、ついに誰かが叫びました。「ヒューだ!」。2月14日、バレンタイン・デーの午前5時14分。12回目の出場にして彼はついに、初めて、トップでフィニッシュ・ラインを越えたのです。大歓声も束の間、また誰かが叫びました。「アレンが来た!」。本当に一瞬の出来事でした。後から公式発表で知ったのですが、その差はたったの26秒だったそうです。ヒューの記録は9日と17時間14分49秒。1,000マイルを走りきった上での差、“26秒”は大会史上最も僅差の記録となりました。ちなみにそれまでの記録はヒューがペナルティーのために2位に甘んじた2009年の“4分差”だったそうです。

悲願の初優勝直後のヒュー・ネフ
 1,000マイル…それだけでも途方も無く長い距離なのに、初めてYukon Questに参戦したその日から、彼は12年間かけて12,000マイルもの距離をこの瞬間のために走り続けてきたのです。彼のことを直接知らない私でも胸に熱いものが込み上げてきました。

プレスに囲まれインタビューを受けるヒュー
 最後のチェックポイントで受けたペナルティーに関して、レース後のインタビューで彼はこう答えています。
「それはまるでデジャ・ヴーのようだった。。。そいつはヒュー・ネフのKarma(業)なのさ。」

『26秒差の2位』でも清々しかったアレン・ムーア

僅差で敗れたアレンでしたが彼の顔は意外なほど晴れやかでした。
「私は出来得る限りの最良のレースをした。彼の犬たちがほんの少し速かっただけ。そいつがこの差さ。。。」

マッシャーとは…なんと気持ちの良い人たちなのでしょう。互いに勝つために走りはしたけれど、お互いの健闘を心から称え合う。順位は結果に過ぎなくて、レースを楽しめたことが大切なのだと…この人たちは本当に純粋に犬ぞりが好きなのだなと感じました。

レースを終え、共に戦った犬たちと

家に帰り着き、興奮も冷めやらぬままパソコンを開いて確認すると、本多有香はゴールまで250マイル地点のチェックポイントで休息中でした。まだ2日はかかりそうですが着実に近付いて来ています。安堵したので寝たいところでしたが、3位のチームが10時~11時頃に着きそうだったのでそのまま寝ずに頑張りました。何故なら次に入ってくるその人は、既に『生きる伝説』と呼ばれる“あのマッシャー”だったからです。。。


つづく


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